指 導 内 容

 

 開祖植芝盛平先生,二代目道主植芝吉祥丸先生,三代目道主植芝守央先生と道統が続いている合気道。

 当道場においては,半澤義巳先生,柴田研聿先生から道場長が教えを受けた剣理に基づいた体術を中心に稽古を行っています。また,体術の稽古のみでは剣理を理解することが難しいため,先師より教わった合気剣・合気杖も併せて稽古をします。

 

 

 

【コラム】合気道は無手でする剣術?!

 戦前の竹下勇海軍大将が残した「乾」「坤」の2冊の覚書に記されている開祖が示した技法は2,731手あり,徒手対徒手,徒手対武器,武器対武器他が示されており(工藤龍太氏,スポーツ科学研究Vol.12掲載論文)。また開祖が残された「武道」(昭和13年刊)には準備動作,終末動作を含めた50本の技が示され,やはり徒手対徒手,徒手対武器,武器対武器が示されています。

 戦後においても,植芝吉祥丸先代道主が「合気道技法」(植芝盛平監修,植芝吉祥丸著,植芝守央復刻監修,出版芸術社,平成19年刊)で示された分類では基本投げ技8種,基本固め技8種,応用投げ技32種,応用固め技29種,武器の部(徒手対武器)7本,計84本(その他に基本動作あり)が示されている。応用技にはさらに取り方による区分が数種類説明されています。便宜上立ち技のみ記されており,座り技や半身半立技は記されていません。また武器の部は,合気道技法のほとんどが,武器対武器,武器対徒手に応用されるようになっているが便宜上で載せていないと記されています。

 このように膨大な技法を内包する合気道は徒手対徒手,徒手対武器,武器対武器それぞれ別の理合いを持った技をつぎはぎ的に集めたものでしょうか,いいえそれはないはずです。ないからこそ「合気道技法のほとんどが,武器対武器,武器対徒手に応用されるようになっているが」と先代道主が態々書いたのではいでしょうか。それでは,私たちが学ばなければならない合気道共通する術理は何でしょうか。

 

 答えは,やはり植芝吉祥丸先代道主が書き残してくださっていました。

 合気道の動きは剣の理合いであるともいわれているほど,その動きは剣理に即している。故に徒手における合気道の手は剣そのものであり,常に手刀上に動作している。

 剣の道に経験のある人が合気道の動きを見ると,必ず剣の動きと同一である,と言われる。なるほど,合気道のどの技をとりあげてみても,剣の理法との一致点を見出すことができる。』(「合気道技法」)

 合気道の動きは,剣の理合いを体的に表現したものである,ともいえるかと思う。合気道が徒手の武道ではあるものの,その徒手はたんなる肉体の末端部分としての手ではなく「手刀」すなわち一触即撃の武器としての剣そのものに化しているとする考え方,ひいては,その「手刀」をいわば“無形”の剣として技の上に活用するときには全動作がおのずから剣の道の全動作とひとしくなるべきこと,したがって両者は動作の理合いにおいて当然一致するであろうことなども,前記の「合気道の動きは剣の理合いを体的に表現したものである」一例と言えるのではないか。』(「合気道のこころ」植芝吉祥丸著,植芝守央復刻監修,出版芸術社,平成20年刊)

 

 このように,剣の理合いを体的に表現したものが合気道であるため,『道主(引用者注:植芝盛平大先生)は常に「合気道を稽古する者は,剣を持てば合気剣法になり,杖を持てば合気杖術にならなければならない。その際,剣も杖も勿論体の延長であるから,この剣や杖にも血がかよっている如く扱うことができなければ,真に合気道を鍛錬したとは言えないのである。」』(「合気道」植芝盛平監修,植芝吉祥丸著,出版芸術社,平成8年刊)と云われ,合気道は無手で行う剣術といえるのではないでしょうか。